アコーディオンという選択肢

「アコーディオンの良さって何?」と訊かれたら、大概の人はその音色の雰囲気や世界観を称賛することだろう。
それは確かにその通りで、ヨーロッパを中心に各国の民族音楽などに多くとりいれられている。
ときには陽気な酒場音楽であったり、またときにはお洒落なミュゼットであったり、どんな音楽の中にあっても独特の存在感を持って、私達の耳に残る音色である。
勿論、それも大きな魅力の一つだ。
言わずもがな、である。
私がアコーディオンを推したい理由は、ほかにある。

完全楽器、という言葉がある。
これは何かというと、音楽を構成する三要素であるメロディ、リズム、ハーモニー(コード)を、全て一台で弾ける楽器のことだ。
身近なところではピアノやキーボード類、ギターなんかがこれにあたる。
何を隠そうアコーディオンも、その完全楽器なのである。

知らない方もかなり多いと思うが、独奏用アコーディオンの場合、鍵盤の無い方、左手側の部位には、コードボタンというものが並んでいる。
どういうものかと言うと、例えば「C」のボタンを押すと、Cコードの構成音であるド、ミ、ソの三つの音が同時に出るのだ。
ボタン一つで、である。
さらにその隣には、オクターブ低い単音が出るベースボタンというものも並んでいる。
この二つを色々なリズムで組み合わせることで、なんと左手の指の二、三本だけで多様な伴奏を弾くことができるのだ。
考えようによっては、知識ゼロで初めて楽器に触れる人でさえも、和音を弾けてしまうという、反則級の伴奏楽器といえよう。
しかし逆に言えばこのコードボタン、それぞれの音をバラバラに弾くことはできず、アルペジオなどが左手だけではできないのが難点だ。
それでは結局ピアノなどには劣るのかというと、さにあらず。
高級なアコーディオンの中に、フリーベースシステムというものがある。
こちらはボタン一つにつき一音が割り当てられている。
主に複雑な演奏やテンションコードを多用するジャズ系の方々が愛用している。
無論使いこなすには相当な鍛錬が必要になるが、演奏の自由度という点に関しては、楽器の王と名高いピアノにも、決して引けは取らない性能を秘めているのだ。
アコーディオンなら触ったことがあるが、そんなものは無かった、という方もいらっしゃるかもしれない。
それは合奏用アコーディオンと言うもので、一昔前から小学校などではこちらが主流となっているようだ。
コードボタンの機構が無いおかげで軽く、また非常に安価なのだ。

アコーディオンの利点として、外せないものがもう一つある。
上記の圧倒的なスペックを持ちながら、なんと電源不要、持ち運び可能ときた。
あ、二つだった。
つまり端的に言ってしまえば、「いつでも、どこでも、なんでも弾けるスーパー万能楽器」である。
…なんだか、胡散臭い通販番組みたいになってしまったが、嘘ではない。

ここまで聞いて、聡い皆様ならこんな疑問を抱くことと思う。
「え、じゃあなんでそんなに普及してないの?」と。
それに関しては恐らく、最初に述べた音色の雰囲気や世界観に原因があると思われる。
独特すぎるのだ。
現代の流行りの音楽、いわゆるJポップの中には、アコーディオンの音を用いた楽曲も勿論ある。
しかし殆どにおいて、その音色は世界観を演出するための民族楽器という扱いである。
楽器を始める人の大多数を占めるのが、バンドサウンドか、オーケストラや吹奏楽に憧れた人であることと思う。
オーケストラや吹奏楽はといえば、こちらはもう構成すらも殆ど決まってしまっていて、入り込む余地などない。
では肝心のバンドはどうだろう。
主に花形のボーカルとギターを中心にベース、ドラム、たまにキーボード。
ここまではテンプレだ。
各々の音作り次第で、どんなジャンルでも演奏できるだろう。
それでは、ここにアコーディオンを入れてみるとする。
するとどうだ、瞬く間に民族音楽、あるいは歌謡曲だ。
料理で例えるなら、カレー粉か麻辣醤といったところか。
少し混ぜ込むだけで、料理自体を独特のテイストに変えてしまう、強烈なスパイスなのだ。
使いどころが限られるわけである。

普及しない理由はまだある。
特に日本では、そもそも楽器自体扱っている店舗なども少なく、また高価なのだ。
私が今までに巡った楽器店の中で、置いてあった店舗は片手で数えるほど、まともに色んな種類のアコーディオンが販売されていたのは、なんと一軒のみだ。
最近はネットでも様々なメーカーのものを見かけるようになったが、まともに独奏できるものとなると、最低ランクでも6〜7万以上はするという、入門者に優しくない楽器なのだ。
ギターなどは、音や品質はともかくとして、1万もしないで同じ形の楽器が手に入るのだから、その敷居の高低差は決定的である。
その反面、一度買ってしまえば、弦やピック、ケーブルなどの消耗品もないし、手入れといえば埃取りか、年単位に一度の調律くらいのもので、ランニングコストはそう掛からないのだが。

私達の耳に馴染み深く、しかし決して容易には手に入らない、近くて遠い楽器。
それが、アコーディオンなのだ。
哀愁漂う前時代の民族楽器としてではなく、なんでもできて音色もいい万能楽器として、あなたも一台いかがでしょう?

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